この経典では、たとえその一度の礼拝供養で得た功徳は「百千万億劫」すなわち生涯にわたっても失う事はなく数多くの仏名を称え種々の供養をする人びとと、その得る功徳は変わらないと教えています。
観音菩薩にかぎらず、仏を敬い供養して得る功徳というものは、その行いの数が多いから沢山頂けるとか、少ないから少ししか頂けないと言うものではなく、念じるその一念、その一会にいかに真剣に心を込めて念じられるかです。
「日に新た 日々に新たにあらためん たえぬ光にてらされる身は」(浄土宗高僧山崎辯榮上人)です
無限の幸せを授かれる我が身であれば、一日一日を大切に生きたいものです。