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無尽意よ、もし人ありて、六十二億恒河のごとき菩薩名字受持し、、形を尽くすまで飲食衣服臥具医薬を供養せば、汝が意において云何ん。この善男子・善女人の功徳多しや、や」と。

無尽意の言わく「だ多し、世尊よ」と。

無尽意よ、もしもある人びとが、ガンジス河のおびただしい数の砂に等しき菩薩の名を心に持ち、さらに、命終わるまでこの菩薩たちに飲食物、衣服、寝具、医薬品を供養したとするならば、この善男善女の功徳は、多いか少ないか。あなたはどのように思うであろうか「世尊よ。実に多いのです」





(觀音経事典―觀音経事典編纂委員会編著―柏書房よりー以後当講座は同書を引用します)



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一口豆知識  〜 供養 〜 

 

仏様や、ご先祖などの死者の霊などにお供物を捧げる回向(えこう)することを言います、一般の法事などでは、故人の好きだった、お花や食べ物を供え、故人のご冥福(めいふくー来世の幸せ)を頂くために読経、念仏をし、その功徳を故人に手向けるとともに自身もその功徳により死後、極楽浄土へ往生(おうじょうー生まれる)する事を願う行い。

 

 

 
 
〜 〜余慶の扉〜 〜


本文にある「形を尽くすまでー命終わるまで」とは簡単な言い方をすれば「生きている間」と言うことです。

生涯に渡って仏様や死者に対し供養するという行いは仏道修行のひとつ「布施行」にも当たります、その施(ほどこ)しとは金品や地位、知識だけでなく、己がいただいている体や心も含め、すべては縁によっていただいたもの、いわば預かり物です。

それらを使って、むしろお返ししながら歩んで行く、その行いが布施行であり、私たちを人として作り上げてくれる修行なのです。
供養する事により、人として成長させて頂く事であり、そのことが観音様から頂ける功徳なのです、生涯にわたって出会う仏、菩薩とはまた、出会うすべての人々でもあるのです。


写真:ガンジス川
   
 

 




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