第二十一回-施無畏者観音菩薩とは

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(写真1)

無尽意よ。この観世音菩薩は、 かくのごとき功徳成就して、種種をもってもろもろの国土び、衆生度脱するなり。
このゆえに、なんじら、まさに一心に観世音菩薩供養すべし。  この観世音菩薩摩訶薩は、怖畏救難の中において、 よく無畏す。 このゆえに、この娑婆世界に、みな、これをけて施無畏者となすなり。

現代語訳

無尽意菩薩よ。この観世音菩薩は、このような功徳を身に具え、種々の姿に変化してあらゆる国々を回り、人びとを済うのである。

だから、きみたちは、一心に観世音菩薩を供養するがよい。 この偉大なる仏観世音菩薩は、恐ろしき急難の真っ只中で、安寧を与えるのである。 このゆえに、私たちが住むこの世界において、誰もがかれを施無畏者(せむいしゃ)と呼ぶのである。

お釈迦様はあらためて、仏身から執金剛神まで三十三身十九の説法の意味を、無尽意菩薩に説かれたのです。
  あらゆる人びとのそれぞれの願いを聞いて必ず救ってくださる仏、それが観音様だというのです。

また文中に『観音菩薩摩訶薩』とある「摩訶薩」とは(偉大なる仏)等として使ういわば菩薩の通称である。  この偉大なる仏、観世音菩薩であればこそ、予測の出来ない事故などの急難の時でも無畏(神をも恐れぬような仕業でさえも取り除いて安心)を与えてくれる仏なので、施無畏者「観音の異名、その名号を聞いて称える者には必ず安らぎと慰さめを与え、また三十三身を現じてあらゆる衆生の三途(地獄、餓鬼、畜生)、八難から救い、恐れのない穏やかな境地へと導いてくださるー佛教辞典、宇井柏壽監修参照」とよぶのである。

 

 


執金剛神を説く
写真1

 
一口豆知識  〜 蛤蜊観音   〜 

「蛤蜊観音(こうりかんのん)」
三十三観音の一

蛤蜊中に坐すことから俗に「ハマグリ観音」ともいう。
唐の開成元年(八三六)、文宗帝は蛤蜊を食べようとしたが、殻が開かない。そこで香を焚いて これに祈ると、にわかに観音の姿となった。
終南山唯政(ゆいしょう)禅師にその因縁を質したところ、「陛下の信心が観音の応現をもたらした」と答えた。帝は大いに喜び、詔して各寺に観音像を像立されたという。

 


写真2

 
 

〜 〜浄土衆歳時記〜 〜


七月十五日は陰暦のお盆ですが 今日、東京を中心にした関東地方では七月、他は八月にそれぞれ十三日から十五日を中心にお盆の行事が行われています。
  遊行の出来ない雨季の間(九十日)一ヶ所に集まり修行に専心したことを雨安居といい、その安居が終わる最後の日には、修行僧がたがいに自身の犯した罪を告白し懺悔して許しを乞い清浄となる「自恣」という行事が行われ、七月十五日を特に「自恣日」という。

またお盆は正しくは盂蘭盆(うらんぼん)とよび逆さにつるされているような苦しみの意味とされています。 『盂蘭盆経』によると目連(もくれん-釈尊の弟子)が餓鬼道に堕ちた母親を救うために行われたことに由来し、僧自恣の日に行われるところから自身の滅罪と死者をその苦しみから救うために三宝(仏、法、僧)を供養する法会となり、後には特に祖先の精霊を供養し、その解脱を願う行事となった。

また鎌倉時代頃になると次第に餓鬼を救うことの同趣旨からお盆に施餓鬼会(写真3−2)が行われるようになりました。
七月二十日頃からは「土用」(写真3−3)といいます、この時期は一年で最も暑い時期にあたることから食養生として土用餅、土用卵、土用しじみなどが食され、特に土用の丑の日はウナギを食べる習慣が江戸時代から普及しています。


写真3-1



写真3-2


写真3-3
 

 
 



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