(写真1)
無尽意よ。この観世音菩薩は、
かくのごとき功徳を成就して、種種の形をもってもろもろの国土
に遊び、衆生を度脱するなり。
このゆえに、なんじら、まさに一心に観世音菩薩を供養すべし。
この観世音菩薩摩訶薩は、怖畏の救難の中において、
よく無畏を施す。
このゆえに、この娑婆世界に、みな、これを号けて施無畏者となすなり。
現代語訳
無尽意菩薩よ。この観世音菩薩は、このような功徳を身に具え、種々の姿に変化してあらゆる国々を回り、人びとを済うのである。
だから、きみたちは、一心に観世音菩薩を供養するがよい。 この偉大なる仏観世音菩薩は、恐ろしき急難の真っ只中で、安寧を与えるのである。 このゆえに、私たちが住むこの世界において、誰もがかれを施無畏者(せむいしゃ)と呼ぶのである。
お釈迦様はあらためて、仏身から執金剛神まで三十三身十九の説法の意味を、無尽意菩薩に説かれたのです。
あらゆる人びとのそれぞれの願いを聞いて必ず救ってくださる仏、それが観音様だというのです。
また文中に『観音菩薩摩訶薩』とある「摩訶薩」とは(偉大なる仏)等として使ういわば菩薩の通称である。 この偉大なる仏、観世音菩薩であればこそ、予測の出来ない事故などの急難の時でも無畏(神をも恐れぬような仕業でさえも取り除いて安心)を与えてくれる仏なので、施無畏者「観音の異名、その名号を聞いて称える者には必ず安らぎと慰さめを与え、また三十三身を現じてあらゆる衆生の三途(地獄、餓鬼、畜生)、八難から救い、恐れのない穏やかな境地へと導いてくださるー佛教辞典、宇井柏壽監修参照」とよぶのである。
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