(写真1)
まさに執金剛神をもって得度すべきものには、すなわち執金剛神を
現じて、ために法を説く。
【現代語訳】
執金剛神の姿を見ることによってすくわれるものには、ただちに執金剛神の姿を現わして、その人びとのために法を説くのである。
「執金剛神(しゅうこんごうじん)あるいは(しっこんごうじん)」はほかに金剛手、侍金剛、金剛力士ともいう、金剛杵を持って、仏法を守護する神、觀音三十三観音の第三十三身
仁王尊である金剛力士と同じであるが、一体で造像されるのが普通である。
金剛杵(写真1−2)とは、「先をを尖らせた古代インドの武器」で 仏と行者とが 加持感応※する修法の場である聖域を現出し、そこに外的な防害者や煩惱などが侵入するのを阻止することである。
いわゆる結界である。
そのためには、武器の要素をもつ法具がもっとも有効な力を発揮する(図説仏教の世界4まんだらの宇宙より引用)」
武器を法具として修法の道具として取り入れ、結界を結んで修行する。 そこには、外敵の侵入の阻止以上に自身の心に入り込む種々の誘惑がある それに打ち勝つのには仁王像(写真1−3A,B)そのもののお姿の執金剛神の守護あればこそとうなずける。
※加持感応 (かじかんのう)
深い境地に達すると自分と自然が共鳴呼応するという意味で、
仏教の上では、「加持」--仏と人の間の常なる交流を表し、「感応」つまり感じて共鳴する事を意味します

写真1-3A |

写真1-3B |
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