第十五回- 婆羅門身を説く

 

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(写真1)

まさに婆羅門をもって得度すべきものには、すなわち婆羅門じて、ために

現代語訳
また、婆羅門の姿を見ることによって救われるものには、ただちに婆羅門の身を現わして、その人びとのために法を説き、

婆羅門」 観音菩薩三十三身の第十四身

インドにおける四姓制度の最高位。
司祭者、僧侶階級のこと。バラモン教(後のヒンドゥー教)の指導者として、インドの宗教、文化学問の分野の担い手であった。 またインドからの渡来した修行僧を「婆羅門僧」などと称することがある。 ここで先に述べた「四姓カースト制度」に少し触れておきます。

カーストとは古代インドの身分制度でブラーフマナ(僧侶、司祭)、クシャトリア(王族、武士)、ヴァイシャ(農、工、商人)、シュドラ(奴隷)の四種がありさらに枝別れした厳しい身分制度であり現在でもその名残が色濃く残っているといわれている。

釋尊の仏教は身分制度を否定しています、そうした中であえてブラーフマナ(婆羅門)としての姿をあらわして教えを説くのは その時代の人々に仏教の目指す人の道、仏の教えを説くのに自然に受け入れやすい形であるような気がします。誰にでも優しく何にでも優しい心を持つことをその教えにもつ仏教なればこそのお姿である。





写真1婆羅門身


写真1





一口豆知識  〜 一葉観音   〜 

「合掌観音(がっしょうかんのん)」 三十三観音の一

合掌して蓮台に立つ姿に現わされる。

清浄観世音普賢陀羅尼経」に「蓮華に坐して白色の衣をけ、胡跪(こき--*胡人跪坐*の法)合掌して面は仏に向かって看、仏の説法を聴く」とあり婆羅門身に配される。

彼らはシルクロードを行きかう隊商のためのラクダを提供、そのほか道案内をするなど、仏教伝来にも大きくかかわっていた。


絵図に見る合掌観音は仏の前でその身を直立にして合掌し、やがて恭しくひざまずく長跪の法である。
その法はこの講座第一部の三話において無尽意菩薩が釋尊の前に立ち進み教えを請うその姿である。

仏教の伝来に欠かせない胡人のその跪坐の法は、その道すがら多くの人びとに染み渡るように仏教が広まっていたことを実証する。



*胡人=シルクロード全盛時代のペルシャ人、ソグド人を言う

*跪坐=(きざ)はひざまずいて坐(すわ)るが一般的ですが(胡人跪坐)の法は
左跪 (さき--片膝をついてする
互跪 (ごき--左右の膝を互いに地に跪(ひざまず)いてする)
長跪 (ちょうきー恭しくひざまずく)
の三種がある。


写真2





 
 

〜 〜浄土衆歳時記〜 〜

「穀雨--こくう」二十四節気の一つでこの月二十日頃をさします。
暦の上では晩春、旧暦では三月にあたる。

穀雨とは百穀を潤す春雨のことから名付けられ、雨が降る日が多くなり、田畑に種をまく好期となります、またこの時期に雨が長引けば「菜種梅雨--なたねづゆ」と称されたりもします。

この時期第三日曜日、法然上人のご誕生の地、岡山県久米郡南町の誕生寺(写真3)で行われる「法然上人ご両親追恩二十五菩薩天童迎接練供養会式大法要(写真4)」は、古く室町時代より行われ、元禄時代より盛んになり、現在では知恩院御門主の代理導師で行われています。

またその他、四月十八日京都市右京区の嵯峨の釈迦堂(清涼寺)の大念仏狂言(写真3−1無形民族文化財)、同二十一日〜二十九日の中京区壬生寺の壬生大念仏狂言(写真3−2)などが行われます。
これらは「上京区千本閻魔堂の閻魔堂大念仏(五月一日〜~三日写真3−3)」とあわせて京都三大念仏狂言といわれております。


写真3


写真3-1
釈迦堂(清涼寺)の大念仏狂言



写真3-2
壬生大念仏狂言

写真3-3
閻魔堂大念仏
菩薩練供養
写真4
菩薩練供養
 
 



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