第七回-自在天身を説く 十九説法の第六説法

 

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まさに自在天をもって得度すべきものには、すなわち自在天じて、ためにき、

自在天の姿を見ることによって救われるものには、ただちに自在天の身を現わして、その人びとのために法を説く

「自在天」は「他化自在天」をさします。 六欲天の第六でここに生まれたものは他の天界で作られた欲望の対象を自在に受け入れ、それを用いて楽を受ける事の出来る欲界天の最高の場所
(仏教語大 事典ー中村元著ー東京書籍発行より)とされている。観音菩薩がこの*天界の主の姿を示すのは我々にとって最高の楽である。
三昧を自在に得んが為の教えであり、念仏に始まり念仏に帰する念仏三昧がその教えです。

仏教の教えは善行を勧めるものであるが、この自在天は煩惱を操ることによって逆説的な手法により私たちの信仰心をより確かなものに育て上げてくれる働きをしてくれるのです。

  他人には厳しく自分には甘く、嫌な仕事は人に押し付け、自分の失敗を誰かのせいにして、自分は煩惱のくまま楽をして生きたいとおもうのが私たち衆生です。

まさに利己的な生き方です。 又、自由に暮らしたい、誰からも束縛されるのはいやだ、他人の世話にはならないなどと自己中心的な生き方を選ぶ人たちも多いようです。 人のあるべき生き方が変わったのか、現代はその利己的で自己中心的な様が横行しています、その為なのか人間関係がうまくいきません。

  これこそが自在天の我々への挑戦状であり、警鐘です 「人のふり見てわがふり直せ」の諺があるように他人の行為の中に、あざ笑う事の出来ない己のすがたが映し出されているはずです。 
謙虚に反省、懺悔し、嘘や偽り、誤魔化しのない人のあるべき生き方をつくり上げて生きたいものです

*天界の主-バラモン教のシヴァ神とも言われている


 





写真1





一口豆知識  〜 瑠璃観音   〜 

 

『「瑠璃観音 (るりかんのん)』
観音菩薩三十三観音の一つ

蓮の葉に乗り両手で鉢を持ち、水上に立って居られます。 この観音の別名に「香王観音-こうおうかんのん」の呼び名があり、あまねく衆生を自在に済度(さいどー救い)するの意があります。


 

 


写真2
 
 

〜 〜浄土衆歳時記〜 〜

 師走(しわす)旧暦十二月の異称。

一般的には一年の終わりで皆忙しくして師匠も走り回っているので、「師走」となったと言われております。 また十二月は僧を自宅に迎えてお経を読んでいただく風習から「師馳月--しはせづき」となり「師走」となったとも伝えています。

この頃(七日)から冬至(二十二日)頃までの間を大雪(たいせつ)と呼んでいます。 山々が雪に覆われ、冬将軍がやってくる事から呼ばれています。

この時期浄土宗の各寺院では「仏名会--ぶつみょうえ(仏名を唱えて懺悔滅罪を祈念する法要)」が行われます。

京都市右京区にある通称、嵯峨の釈迦堂の清涼寺(写真3)で行われる仏名会(十二月六日〜八日)は「三千仏名会」と呼ばれて、この三日間で三千礼(さんぜんらい)の礼拝が行われます。
南無阿弥陀仏を三回唱え一礼しそれを三千回繰り返し行います。 まさに念仏三昧の境地です。 清涼寺は法然上人が二十四歳で参籠(さんろう-祈願の為社寺に籠もる事)された寺としても有名です。
又三国伝来(さんごくでんらいーインド〜中国〜日本)の生身の釈迦像(写真4当開善院所蔵秘-仏嵯峨釈迦堂生身の釈迦像)が祀られています。



 






写真3(清涼寺)


写真4
(仏嵯峨釈迦堂生身の釈迦像)
   

参考資料:
「観音経事典ー観音経事典編纂委員会編ー柏書房」より引用
「浄土宗歳時記ー田原照純・藤井正雄監修ー四季社」より引用

 




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