まさに自在天の身をもって得度すべきものには、すなわち自在天の身を現じて、ために法を説き、
自在天の姿を見ることによって救われるものには、ただちに自在天の身を現わして、その人びとのために法を説く
「自在天」は「他化自在天」をさします。 六欲天の第六でここに生まれたものは他の天界で作られた欲望の対象を自在に受け入れ、それを用いて楽を受ける事の出来る欲界天の最高の場所
(仏教語大 事典ー中村元著ー東京書籍発行より)とされている。観音菩薩がこの*天界の主の姿を示すのは我々にとって最高の楽である。
三昧を自在に得んが為の教えであり、念仏に始まり念仏に帰する念仏三昧がその教えです。
仏教の教えは善行を勧めるものであるが、この自在天は煩惱を操ることによって逆説的な手法により私たちの信仰心をより確かなものに育て上げてくれる働きをしてくれるのです。
他人には厳しく自分には甘く、嫌な仕事は人に押し付け、自分の失敗を誰かのせいにして、自分は煩惱の赴くまま楽をして生きたいとおもうのが私たち衆生です。
まさに利己的な生き方です。 又、自由に暮らしたい、誰からも束縛されるのはいやだ、他人の世話にはならないなどと自己中心的な生き方を選ぶ人たちも多いようです。 人のあるべき生き方が変わったのか、現代はその利己的で自己中心的な様が横行しています、その為なのか人間関係がうまくいきません。
これこそが自在天の我々への挑戦状であり、警鐘です 「人のふり見てわがふり直せ」の諺があるように他人の行為の中に、あざ笑う事の出来ない己のすがたが映し出されているはずです。
謙虚に反省、懺悔し、嘘や偽り、誤魔化しのない人のあるべき生き方をつくり上げて生きたいものです
*天界の主-バラモン教のシヴァ神とも言われている
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