第三回、辟支仏身を説く、十九説法の第二説法

 

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 まさに、辟支仏をもって得度すべきものには、すなわち辟支仏の身をじて、ために

辟支仏の姿を見ることによって救われるものには、ただちに辟支仏の身を現わして、その人びとのために法を説き

辟支仏身 --観音菩薩の三十三身の第二身
自ら悟って生死からおこる苦海を解脱して 修行者の究極の境地(阿羅漢果)を証し、しかも説法せず教団を組織せず、ただ信者のために神通示現するだけの聖人

生死
しょうじ--ひとが生まれ死ぬ事

苦海(三界を指す)

    1、欲界(よくかい--欲の盛んな世界)
    2、色界(しきかい--欲を離れた清らかな世界)
    3、無色界(むしきかい--物質を超えた精神のみが存在する世界)

解脱
げだつ--苦しみから解(と)かれ、のがれ出る事

阿羅漢果
あらかんか--尊敬に値する者、三界の一切の煩惱を断じ尽くした位

 





写真1





一口豆知識  〜 水月観音   〜 

 

「水月観音(すいがつかんのん)」

観音菩薩三十三観音の一つ
  辟支仏の身を現わし水上の蓮花の葉の上に立ち月を観る姿をしている。
 
  この水面に映る月影を観て縁起を悟った様子がこの観音の姿で、辟支仏を独覚縁覚とも呼ぶ事に由来する。


 

 


写真2
 
 
〜 〜浄土衆歳時記〜 〜

霜降(そうこう)二十四節気の一つ
暦の上では晩秋にあたり、旧暦の九月、霜降は「しもふり」とも称され、そろそろ霜が降りる頃の意味です。秋の最期の節気で晩秋の物寂しい風情がかんじられて、山が紅葉し、早いところでは霜がおり、高山からは初冠雪の便りが聞かれる事もあります。

福島県伊達郡の無能寺では十月十日虫供養が行われます。 無能寺は慶長元年(1596)名越派専伝が創建した正徳寺を前身とし、江戸時代の高僧無能の弟子、不能が、師無能を開山とした寺院です。
  この虫供養とは農耕に際して殺した虫の供養をする法要でとくに有名です、「一寸の虫にも五分の魂」の諺にもあるように、たとえ害虫といえどもそこにも命が有ることを教える「仏の教え」が息ずいている。








   

参考資料:
「観音経事典ー観音経事典編纂委員会編ー柏書房」より引用

「浄土宗歳時記ー田原照純・藤井正雄監修ー四季社」より引用

 




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