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経本を開くと、お釈迦様が大勢の弟子を前に、観音様の事やその功徳についてお話しておられる絵図から始まります(写真1)
その場所霊鷲山(りょうじゅせん)は釈迦が数多くの説法を行なった場所で、この観音経のほか、観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)も教説した仏教の聖地です、釈迦は弟子阿難尊者(あなんそんじゃ)らに観無量儒教を説くと共に極楽浄土の様子を現した「霊山現土」(りょうぜんげんど)はあまりにも有名なお話です。

写真1
写真1 (普門品見返し絵)
この絵を見ますと釈迦の弟子のほか,異宗教の人々なども集まっています、すでに特別のご法話、大説法会があるとのお知らせがくまなく行きわたっていたのでしょう、天界の神々までもがお出ましのようです。

観無量寿経の中で「観音菩薩のお体は紫金色を帯び、身長は、八十万億那由他由旬(はちじゅうまんのくなゆたゆじゅん)と記されています、無論変現自在の観音様、あなたの思いのお姿で時には貴方のお心の中にスッポリと納まってくれます。

この経本にはその名を聞くだけでも無量の福徳が有ると説かれています、しかしてその実体とは如何に、次回講座「師よ!如何でか観世音と」をお楽しみに。


一口豆知識 〜〜 

  お釈迦様がお説教をしておられる所は霊鷲山(リョウジュセン)、今から二千五百年ほど前、北東インドの摩伽陀国(マガダコク)での事です(写真2)



写真2-インド古代地図
仏陀の生涯立風書房より



当事この国の王は頻婆沙羅王(ビンバシャラオウ)といい、彼の住む館、王舎城(オウシャジョウ)はその夫人韋提希(イダイケ)、その子阿闍世(アジャセ)の王家一族と釈尊の教団の乗っ取りを企む提婆達多(ダイバダッタ)が巻き起こした「王舎城の悲劇」の舞台でもあった、この事は経本「観無量寿経」に説かれている、このマガダ国は後マウリア王朝(前317〜前180頃)によってインドで最初の統一国家の中心地となり第三世阿輪迦王(アショーカオウ)は仏教を国教とし世界的宗教にした(写真3参照)王として有名です。


写真3-マガダ国王舎城周辺図
親鸞上人と王舎城の悲劇(株)チューリップ企画


〜 〜余慶の扉〜 〜

浄土宗では観音菩薩さまは勢至菩薩(せいしぼさつ)と共にご本尊阿弥陀如来の脇侍仏(わきじぶつ)としております(写真4)

脇持とはご本尊仏の脇に居り、阿弥陀様を助け人々を導くお役目の仏様のことですが、観世音菩薩は、「その大いなる慈悲の心から、すでに悟りの境地を体験しているにもかかわらず、それをお捨てになりあえて悟りを遠ざけられている。
  そして、輪廻を繰り返す迷いの世界をすべてご自身の身体の内におさめられ、四六時中、そこに生きる衆生をご覧になられ、人々のありさまに応じて自由自在にその御姿をかえて現れ、救いの働きをされている(大谷旭雄先生監修―浄土宗読誦聖典四季社発行―より)」仏様です、仏教の慈悲の心すべてをお持ちなのがこの観音様なのです。

写真4



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