観音経やその他の経典に、観音菩薩の名前を聞くだけでご利益、功徳が有るといわれてます、又仏のみ名を称えるだけでもご利益があるとされています。
釈迦は出家して六年間の苦行をして悟りを得た、三蔵法師は十七年間(内、インドで五年)の旅をして経典を持ち帰る、浄土宗も開祖法然上人は凡そ三十年のご修行の後、開宗された、皆血を吐くようなご苦労をなされて仏法を悟り私達に教え広めて下されたのです。
その故にこそ仏のみ名を聞くだけで、称えるだけで、私達をお救い下さる仏が現れ出でたのです。
経文に「仏法に出会うことは百千万劫(計り知れないほどの長い時間)を経ても会うことは難しい」と教えています。 同じように私達人の命も又自分だけのものでなく人類の出現、いやそれ以前の様々な命の営みから生まれたものです。この地球が宇宙に誕生して以来どれほどの長い時間百千万劫を経て今自分の命がここにあります、そして巡り会えた仏法です、誠に尊い命であり仏法です。
珍文、漢文で分りずらいお経かもしれませんが、せめてお念仏、観音様のみ名をお称えしたいものです。