では次の絵を話をしましょう。
 お釈迦様は、無量寿経の中で、
「遠く後の世になって、経に説かれた全ての教えが滅び尽きてしまっても、私は慈悲の心をもって
この経だけはなお百年の間にとどめておくであろう。もしこの経にめぐりあう人々は、いつの世で
あってもみな心の願いのままに、悟りの彼岸にいたることができよう」
 と説かれています。
 善導大師は、往生礼讃の中でうたわれています。

 万年ののち、三宝滅ぶとも
 この経のみは止まらん
 その時間きて、み名よべば
 みなかしこにぞ生まれ得ん

他のいろいろのお経が滅びても、阿弥陀様の四十八願を無量寿経と念仏の教えを説く観
無量寿経、阿弥陀経の浄土三都経だけは、永遠に残る。
だから他の教えは、いついつまでも私たちと縁が深いのです。
この絵には、世の末になって他のお堂などは朽ち果てても、無量寿経(浄土三都経)を奉持する
お堂だけは 残り、貧しい庶民がお念仏している様子が描かれていますが、以上のことを表してい
るのです。
  なお法然上人は、

   草もかれたる野辺に
   ただひとり
   松のみのこる弥陀の本願


と詠じられています。

 

絵画中の当該箇所


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